開催理由①:20代読書会は社会貢献!?

読書会を開催していると、参加者の方から「なんで読書会を開催してるんですか?」と訊かれることがあります。そういう時は冗談交じりで、「社会貢献です(笑)。」と答えるようにしています。半分は冗談ですが、半分は本気で思っています。

何故なら、20代読書会は、何となくで流してしまう世の中をしっかりと見て、考える時間を提供しているからです。

日本は急激に大きく変わろうとしていると思っているからです。もしかしたら、もう既に大きく変わってしまったかもしれません。その変化の兆し(根拠)は至る所にあります。

ところが、多くの人は、そうした変化に気づかないままに過ごしています。もしかしたら、気づいているかもしれませんが、臭いものには蓋をするという行動をとっているのかもしれません。

実際に、終身雇用や年功序列で一生同じ会社で働いていけば大満足な人生が送れるという可能性は、限りなくゼロに近くなっていると思います。その点は、ほとんどの人が賛同してくれると思います。

しかし、働き方・生き方の実態を見てみると、高度経済成長期を生きた人と何ら変わらないというケースがほとんどです。

本当に現状維持でいいのでしょうか?高度経済成長期の現状を延長していて大丈夫でしょうか?

親の世代と同じように、会社の仕事のみを収入源として、35年の住宅ローンを組んで、出世や転職をすることによってよりよい生活を目指す、みたいな生き方で大丈夫でしょうか?

そういう生き方を否定したいわけではないです。しかし、私は不安でした。そして、現状を延長していても、どんどん素晴らしい未来が実現していくとは思えなかったです。そして、日本や世界の経済や社会情勢を調べていけば調べていくほど、世の中は大きく変わったと考えるようになりました。

つまり、私が感じていた危機感はこういうことです。

  • 日本は大きく変化し、高度経済成長が再び訪れる可能性はゼロに限りなく近い。
  • ただ、働き方も生き方も高度経済成長期から変化しておらず、このままでは取り残されてしまう。

 

身の周りで、そうした変化を感じることができなかったり、危機感を持っていなかったりしたら、それは過去のパラダイムで生きているからだと思います。

神田昌典氏が例えで言っていましたが、明治維新が起きても、刀の練習をしている武士はいました。そういう武士は江戸時代のパラダイムで生きていたのだと思います。そして、帯刀禁止令が出て初めて、刀を置くことができたのです。

今の社会も同じです。現代の帯刀禁止令は何になるかは分かりません。人によって帯刀禁止令となるキッカケは異なるかもしれません。リーマンショックが帯刀禁止令となった人もいると思いますし、今後日本が見舞われる金融破たんがキッカケになる人もいると思います。65歳で定年を迎え、自分の預金残高と(まだ存続していれば)年金支給額を見て初めて気づく人もいるかもしれません。

しかし、高度経済成長期を生きた人が未だトップにいて、そうした人のパラダイムが会社全体を覆っている場合は、「何となく変化は感じているけど、、」と言いながら過去のパラダイムの生活を延長してしまいます。

20代読書会の主張は、「過去のパラダイムではなく、未来のパラダイムで世の中を見ようよ!」というものです。そして、必要だと感じた人は、未来のパラダイムで生きていきましょう!と言いたいのです。臭いものには蓋をするということを延長していても、何もいいことは起きません。必ず自分にしっぺ返しが来ると思います。

まずは、しっかりと自分の目で世の中を見て、将来を考えてみる時間を作りませんか?20代読書会は、そうしたきっかけづくりの場として開催しています。

【サイト内のコンテンツの転載を禁止します】