読書の効果6:リスクヘッジとベストプラクティスを知る

これは読書の最大の利点と言ってもいいと思います。その利点とは、人生を疑似体験できるということです。もっと言えば、疑似体験できるだけでなく、先人の知恵の上に、更にいい人生を歩むことが可能です。

例えば、ある村に1000年に1人級の天才少年がいたとします。その少年は小学校に入学して、めきめきと才覚をあらわしていきます。そして、教師もその才能にほれ込み、期待をかけます。学年が上がってくると、その才能は特に数学の分野で目立つようになってきました。末は偉大なる天才数学学者になれるんじゃないか?世紀の大発見をするのではないか?アインシュタインに並ぶ業績を残すかもしれない。周囲の期待は高まるばかりです。

ところが、問題が1つありました。その天才少年の家は非常に貧しかったのです。本当に極貧状態で、その天才少年を進学させるだけの余裕がありませんでした。小学校を卒業したら、すぐに家業の手伝いをしなければ生きていけないような状態だったのです。そこで、非常に残念ではありますが、天才少年は進学することなく、家業を手伝うようになりました。

しかし、その少年の数学への情熱は消えることはありませんでした。昼は家業を手伝って家計を助けながら、夜な夜な両親を起こしてしまわないように気を付けながら、紙とペンを使い、机に向かって、独自の研究を続けたのです。

そして、それから20年が経ち、天才少年は、青年へと成長しました。未だ家計は厳しい状態が続いていましたが、彼の才気も溢れんばかりでした。そして、ある日遂に運命の日が訪れました。「世紀の大発見だ!」と大興奮するような法則を、その青年が独自に見つけたのです。「この大発見で、世の中は大きく前進するかもしれない。」と意気込んで、その村の名士の家に駆け込みました。そして、その天才が示した数式を見て、名士は驚きます。

その数式とは、a2 + b2 = c2だったのです。

つまり、ピタゴラスの定理を20年かけて発見したのです。ピタゴラスの定理は中学に進学していれば、1年生で習う定理です。教えてもらうことなく、ピタゴラスの定理に辿り着いた青年の才能は驚くべきことですが、今更その証明をしても、残念ながら何の意味もありません。たった1冊でも数学の本を読んでいれば、中学の教科書でもいいので読んでいれば、こんな悲劇は起きなかったはずです。

もちろん、これは私が想像で考えたストーリーです。ただ、現実の世界でも、上記の例と同等レベルのことが多数起きていると思います。人生は100年程度の長さしかありません。20代は10年間しかありませんし、30代も10年間しかないのです。そのように人生の時間は非常に貴重なのに、全てを実体験で過ごしていたら、相当勿体ないと思います。

人生の生き方は、それこそ数万通り以上の選択肢があると思います。それを、1つ1つ手当たり次第に直感の赴くままに生きていても、私のように普通の人間では「ピタゴラスの定理」にも到達できないです。しかし、本を読めば、人生の偉大な先輩方が多くの知恵を与えてくれます。そして、有難いことに読書さえすれば、その知恵にもとづいて、人生を選択できるのです。

先人が60代、70代になってようやく到達した境地、ようやく理解できた概念、そうしたことを書物に記してくれているのです。20代で才能も能力も経験もなくても、そうした本を読めば知識として身に付けることができるのです。

確かに、書籍を読んだからと言って、全てを自分のものにできるとは思っていません。経験しないと分からないことも沢山あるでしょう。年齢を重ねないと理解できないことも多くあります。そうしたことも分かっているつもりです。それでも、本を読むことは人生の選択をする上で、重要だと思います。

知っているだけで避けられるリスクは沢山あるのです。本当に沢山。それは、時間の浪費、金銭的なリスク、エネルギーの無駄遣いなど、色んなリスクです。

例えば、就職活動の時に、多くの人がOB・OG訪問をすると思います。それは、何故ですか?

それは、その会社で働くということを疑似体験しているから、ではないでしょうか。志望している企業でインターンをするのも疑似体験の一種だと思います。そうすることで、自分に合う会社・合わない会社を選別しているのだと思います。就職先を選ぶのでさえ、全てを実体験では選べません。日本には大企業と言われる会社でも10,000社以上あるのです。

いわんや、人生をやです。人生だって、OB・OG訪問をした方がいいと思いませんか?人生のOB・OG訪問が読書だと思います。これは読書の最大の利点と言ってもいいと思います。

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