「永遠の0」で、逆境を乗り越える勇気をもらった!!

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永遠の0

初版:2009年07月15日
出版社:講談社文庫
著者:百田 尚樹

永遠の0は、こんな人にオススメ

1.感動したい人
2.軽くなく、内容の濃い小説を読みたい方

永遠の0の内容

1.特攻隊員であった祖父のルーツをたどる小説

永遠の0で、逆境を乗り越える勇気をもらった!!

百田尚樹って天才か!?

とても重い内容の小説であるにもかかわらず、どんどん引き込まれていきました。気づいたら、ページをめくる手が止まらなくなり、読み切ってしまった。

本書を読んで、戦争の悲惨さを感じるとともに、逆境を乗り越える勇気をもらいました。

ある登場人物が、第二次世界大戦の死地を生き抜く一節があります。

この登場人物は、ラバウルの戦い、ガダルカナル島の戦い、ニューギニアの戦い、レイテ沖海戦と戦っていきます。
レイテ沖海戦

まず、ラバウルの戦いが最悪の戦地です。本当に死は免れられないと思うような戦場なのです。ところが、幸運なことに、その人は九死に一生を得るのです。

しかし、次の戦地に行くと、さらに最悪の戦場が待っているのです。あ、最悪よりも最悪があったのだ…と呆気にとられてしまいます。

そして、そのより最悪の戦地を生き抜いたのに、次の戦地に行くと、もっと最悪の戦場が待っているのです。

この登場人物の最後の戦地は、レイテ沖海戦でした。これは、いわゆる「特攻」が生み出された戦場です。特攻は、九死に一生もない作戦です。

そのレイテ沖海戦の特攻について、本書ではこんなことが書かれています。

当初、特攻はレイテの「捷一号」作戦のためのものだった。しかし栗田艦隊が去り、「捷一号」作戦が失敗に終わっても特攻は終わらなかった。
特攻が一人歩きを始めたのだ。長官たちが狂気に取り憑かれたのかー。
マバラカットからも連日、特攻機が出撃した。わしはなぜか特攻にはまわされず、直掩任務につけられた。数少ない熟練搭乗員だったからかもしれないが、特攻直掩もまた過酷だった。日本軍の必殺攻撃の洗礼を受けた米軍は迎撃態勢を恐ろしく強化させていた。高性能の米戦闘機が数十機も待ちかまえる中を、わずか数機の直掩機で特攻機を守れるはずはない。多くの直掩機が特攻機を守るために犠牲となった。日中戦争以来の大ベテラン南義美少尉も未帰還機となった。
わしもここで死を覚悟した。

特攻

この死を覚悟した特攻の地でも、その人は生き残りました。最後の最後まで特攻の指令が下らなかったのです。

そして、地元に帰り、終戦を迎えます。

数々の死地を乗り越え、さあ終戦です。厳しくも復興の生活が待っているはず…でした。しかし、戦後になっても、まだ試練は終わりません。

戦争が終わって村に帰ると、村の人々のわしを見る目が変わっていた。穢れたものでもみるような目で眺め、誰もわしに近寄ろうとはしなかった。村人たちは陰でわしのことを「あいつは戦犯じゃ」と言っていた。ある日、川の土手を歩いていると、村の子供たちが「戦犯が歩きよる」と言ってわしに向かって石を投げた。
悔しくてたまらなかった。昨日までは「鬼畜米英」と言っていた連中は一転して「アメリカ万歳」「民主主義万歳」と言っていた。村の英雄だったわしは村の厄病神となっていたのだ。父は亡くなっていて、わしは跡を継いだ兄の家の離れで加江と暮らしていたが、兄は明らかにわしを厄介者扱いした。

なんと…

元軍人を美化する気はないですが、死地を生き延びても待っていたのは過酷な生活だったのです。それは経済的な貧困ではなく、身近な人から疎外される生活です。

この一連のストーリーを読んで、自分に喝を入れられた気持ちになりました。

こうした逆境に立たされた人は沢山いたんだろうなと思います。それでも、乗り越えて、乗り越えて、乗り越えて生きてきた人たちが戦後の日本を支えてきたんだなと思います。

そう考えると、「いまの自分はなんて恵まれてるんだろう。自分はもっとできる」と勇気をもらいました。

永遠の0

初版:2009年07月15日
出版社:講談社文庫
著者:百田 尚樹

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