
なぜ、トルコリラは暴落しているのか?
これはIS登場後の中東情勢に理由があります。アメリカがクルド人やイランを支援し、それにイスラエル・トルコ・サウジアラビアが反発し、アメリカとの関係が悪化しています。
ニュースの”なぜ?”は世界史に学べ
初版:2015年12月05日
著者:茂木 誠
目次
ISが中東をどう変えたか?
いま中東情勢は地殻変動を起こしています。その結果、トルコリラが暴落する事態となってます。
トルコリラは、トランプ大統領が経済制裁を発動したことをキッカケに暴落し、一時は15円まで落ち込みました。2008年には90円だったことを考えると、10年で6分の1になったのです。人口8000万・GDP100兆円を越す国の通貨価値が、こんなにも変動するなんて大変な事態です。
では、いまの中東情勢を変化させた要因は、なんなのでしょうか?
もっとも大きいのは「IS」の登場です。IS(イスラム国)はスンナ派のイスラム原理主義の武装集団です。
中東を理解するためには、
- イスラム教(宗教)
- アメリカvsロシア(利権)
- 民族
の3つを理解する必要があります。そして、ISは宗教だけでなく、利権・民族にも影響を与えています。
IS登場によって、起きた変化をまとめると、上記のようになります。
まず理解すべきなのがアメリカの態度です。ISはアメリカ人もターゲットとしており、被害も継続して出ています。そのため、アメリカとしてはISを撲滅させる対応が必要です。
しかし、湾岸戦争やイラク戦争の経験からアメリカは”もう中東の戦いに介入したくない”と考えています。そこで、アメリカは「敵の敵は味方」理論で、ISの敵を支援する政策をとっています。
ISはスンナ派の原理主義ですから、ISの敵はシーア派になります。シーア派の盟主といえばイランです。
さらに、ISの活動地域と隣接してクルド人という民族がいます。クルド人は3000万人もおり、一つ国として成立する規模の民族です。このクルド人もISと対立しています。
クルド人の大多数はスンナ派ですが、ヤジディ教というクルド独特の宗教もあります。
アラブ人とは民族が異なり、言葉は通じないため、同じスンナ派のイラクの中では異民族として扱われます。民族的にはイランに近いのですが、イランはシーア派なので、イランとも一緒になることはできません。そんなクルド人の民兵が、ISと戦闘を続けています。クルドの信仰や伝統的な習慣は、アラブ人とはかなり異なる部分があります。なかでも特徴的なのは、男女同権の意識が強いこと。だから、クルドには女性兵士がいて、ISとも勇敢に戦っている。アラブの世界ではあり得ない話です。
こうした独特の文化が『コーラン』に反する、という理由でISはクルド人を迫害し、一方でクルド人も必死で抵抗しているのです。
そのため、IS撲滅のため、アメリカはイランとクルド人を支援する姿勢をとってます。
しかし、中東諸国はこの政策を看過できないのです。
まず、アメリカと長期的に良好な関係を築いていたサウジアラビアはスンナ派です。そのため、イラン支援は受け入れられません。そして、イスラエルもイランが核武装しようとしていることを見過ごせません。
さらに、自国内のクルド人がISを殲滅してしまったら、独立を言い出すのではないか?と懸念して、トルコも反発しています。
その結果、何十年とアメリカと協力してきたイスラエル・サウジアラビア・トルコが、アメリカに一斉に対立し始めているのです。
なぜISは生まれたのか?
ISが生まれた直接的な原因は、イラク戦争です。そして、その背景には①イスラム世界の近代化と②富の不均衡という理由があります。
まず、イラク戦争について解説します。イラク戦争とは、ロシア側についていたイラクに対して、アメリカが石油の利権を取り戻そうとした戦争です。
アメリカはイラク戦争でシーア派とスンナ派の入れ子状態を利用します。イラクは、シーア派が多数を占めていますが、長らくスンナ派が政権を握っていました。有名なのはサダム・フセイン大統領です。(日本ではとてもダークなイメージがありますが、ほとんどがアメリカが意図的に流した偽情報が原因です)
アメリカは、多数派でありながら政権を握れていなかったシーア派をけしかけ、イラク戦争を引き起こします。そして、戦争はシーア派が勝利を収めます。
しかし、これを不服としたスンナ派の武装勢力がいます。この武装勢力がISです。
ISが生まれた直接的なきっかけは、イラク戦争です。
スンナ派であるサダム・フセインのイラク政権が崩壊したことを最も喜んだのは、イラク国内のシーア派とクルド人でした。
多数派として政権を握ることになったシーア派は、これまでフセイン政権下で肩身の狭い思いをしてきた恨みがある。だから、仕返しとばかりに、それまでフセイン政権で恩恵を受けてきた人々を政権から排除し、その結果、西部に多いスンナ派の住民の不満が高まります。
こうした状況を背景に、旧フセイン政権の多くの軍人たちがシーア派政権に対する抵抗運動を始めるために、武器をもったままISと合流していったのです。
ただ、いかに不満があっても、国が豊かで安定していれば、ISのような武装勢力は誕生しません。IS誕生の背景には、
- イスラム世界の近代化
- 富の不均衡
という2つの理由があります。それぞれ、どういうことか引用しながら解説します。
イスラム世界の近代化
19世紀になるとオスマン帝国は勢力が衰え、ヨーロッパ諸国との戦争に負け続けます。そして、第一次世界大戦ではドイツと組んで、イギリス、フランス、ロシアを敵 にまわすことになり、結果、オスマン帝国は解体されてしまいました。ヨーロッパの国々の植民地になったイスラム世界には、ヨーロッパの資本や産業が流入してきて、必然的に近代化されていきます。近代化は、すなわち西洋化を意味しますから、大きな顔をする異教徒の西洋人に対して、イスラム教徒が反発して『コーラン』に戻ろうとするのは当然です。ペリー来航に衝撃を受けた幕末の日本人が、「尊王攘夷」を掲げて外国人を襲撃したのと同じメンタリティーです。
富の不均衡
産業が近代化されれば、うまく流れに乗った人は儲かって、裕福になっていきますが、流れに乗れなかった人は、落ちぶれていきます。近代化によって貧富の格差が広 がってしまったのです。
本来、イスラムの教えでは、アッラーの前での平等が第一で格差は否定しています。…イスラム教徒は一部の人間が裕福になることを許しません。アラビア語で「寄付」や「寄進」のことをザカートといいます。ザカートは、メッカ巡礼や断食、礼拝と並ぶイスラム教徒の義務です。
こうして見ると、今の中東は中世から近代に移行する過程と似ています。
中国では洪秀全が太平天国の乱を起こしたり、スーダン(アフリカ)ではマフディーが原理主義を掲げて戦ったりしました。今まで支柱となっていたイデオロギーが変化しつつあるからこそ、その揺り戻しが起きているのです。
どんな時代も次に進もうとする者と前に戻ろうとする者では、次に進む者が時代を創ります。そのため、ISが勝利を収め、イスラム国が広がる未来は到来しないでしょう。
3分でわかる中東情勢の図解
過去100年の中東情勢を図にしてみました!それぞれの国が、どのような変遷をおってきたのか解説していきます。
シリア
もっとも混沌とした国です。冷戦時にアメリカではなくソ連側についた国です。これを快く思っていなかったアメリカが、アラブの春という民主化の革命を仕掛けます。結果、ほぼ無政府状態に陥っています。
イラク
アメリカの政略に翻弄された国です。イラク革命で独裁政権が誕生し、ソ連側につきます。イラン・イラク戦争でシーア派のイランと戦い、湾岸戦争で親英のクエートと戦います。その後、アメリカから大量破壊兵器の疑いをかけられ、イラク戦争に突入します。結局、アメリカは大量破壊兵器を見つけることはできませんでしたが、イラクの独裁政権は倒れます。現在はシーア派の政権が誕生しています。
サウジアラビア
スンナ派の盟主。アメリカと蜜月の国です。石油の採掘のため、アメリカから援助を受け、利益を分配し合ってきました。しかし、アメリカがシーア派のイランを支援し始めたため、アメリカとの関係に亀裂が入っています。
イスラエル
ユダヤ教の国。核兵器を保有しており、中東の代理人として親アメリカ政策を取ってきました。しかし、アメリカがイランの核武装を黙認しているため、こちらもアメリカとの関係が悪化しています。
トルコ
脱イスラム教を掲げ、近代化を進めてきた国。アメリカに取っては中東で対ロシアの防波堤となる国です(アジアにおける日本のような存在)。しかし、初のイスラム教大統領が誕生し、アメリカのIS政策にも不満を持っているため、ここもアメリカとの関係が悪化中です。
イラン
イラン革命でシーア派の政権が誕生して以来、常に反米の国。しかし、ISの登場により、アメリカが急に接近しつつあります。そのため、アメリカはイランの核保有を黙認するように方向転換しています。